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キノプラ太-矢野の仕事が無いAV監督日記。

AV監督、キノプラ太-矢野の仕事覚え書き。

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AVを作る立場から。砲丸について。


JCASTニュースより。
http://www.j-cast.com/2008/03/25018226.html

「埼玉の世界一砲丸作り職人 「北京五輪提供しない」 
2008/3/25
中国チベット自治区の騒乱の影響で、一部で北京五輪へのボイコットが叫ばれているが、日本の砲丸作り職人が北京五輪への砲丸の提供を断っていたことが分かった。3大会連続で男子砲丸投げのメダルを「独占」、世界一ともいわれる職人だ。きっかけは、2004年に中国で行われたサッカー・アジア杯での中国サポーターのマナーの悪さや反日デモ。「こんな国に大事なものを送るわけには行かない」というのだ。

3大会連続でメダリスト全員が選択

五輪のメダルを独占していた砲丸が北京五輪で投げられることはない 同大会への砲丸の提供をやめたのは、埼玉県富士見市にある「辻谷工業」。世界一とも言われるこの砲丸は、社長の辻谷政久さんが手作りしている。「重心」が安定しているため、飛距離にして1~2メートルも違うといわれるほど選手からの評価は高い。

五輪では、競技場で用意する何種類かの砲丸の中から投てきする砲丸を選手が選ぶことになっているが、アトランタ・シドニー・アテネの3大会連続でメダリスト全員が辻谷さんの砲丸を選んでいた。

辻谷さんはJ-CASTニュースに対し、2004年に中国重慶で行われた、サッカー・アジア杯での中国サポーターの試合中の罵声・ブーイングや試合後の暴動、その後の反日デモで在中日本大使館に投石行為が行われたことを挙げて、

「この国には大事なものを送ることはできないと思い、去年(07年)の11月に(オファーを)断りました」
と砲丸の提供をやめた理由を説明する。

「この国にオリンピックをやる資格はありませんよ」
北京五輪をめぐっては、チベット自治区で発生した騒乱での中国政府の対応に国際的な非難が集まり、ボイコットをめぐる動きが未だにくすぶっている。

2008年3月24日には、五輪の聖地ギリシア・オリンピアで行われた採火式に国際人権団体「国境なき記者団」の活動家が乱入し、五輪ボイコットを訴えた。また、3月23日付ドイツ大衆紙「ビルト」によれば、欧州議会のペテリング議長は、チベット騒乱が今後も続いた場合、北京五輪を加盟各国がボイコットする可能性を排除しないと語ったという。

こうした中国をめぐる状況については、

「ギョウザの問題やチベットの問題以前に決めていたんですが、最近のニュースを見ても送らなくてよかったなと思います。やっぱりこの国にオリンピックをやる資格はありませんよ。(砲丸を使用する)選手には申し訳ないと思いますが、職人の心意気がありますから、何でも送って有名になればいいというものではないんです。真心かけた大事なものですから」
と話し、北京五輪の「砲丸ボイコット」は良かったと考えているようだ。2008年8月に開催される北京五輪で「世界最高」の砲丸が投げられることはない。」(ここまで引用させていただきました)

http://www16.plala.or.jp/tsujitanihougan/辻谷工業さんHP


かっこいいぃ。

日本の砲丸が世界最高だと言うのも知らなかったけど、こういうプロ魂には頭がさがります。
こうでなくっちゃ。

無題

  1. 2008/04/09(水) 04:15:41|
  2. AVを作ること
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AVを作るということ。中国のメイドさん。

噂の中国・成都という街にあるらしいメイド喫茶をいそいそと調べてみる。
http://internews.jp/archives/overseas/20080221_05.html20080221_05_01.jpg


可愛い。


http://jp.youtube.com/watch?v=Y_YtzRUaXlE
http://jp.youtube.com/watch?v=xfk8GAS1XdY&NR=1

中国なのに日本語で会話してるこの人たちは何?
でも、このメガネちゃんはちょっと惚れてしまいました。


僕は日本のメイド喫茶には行ったことがないのですが、きっとこの中国のお店のほうが萌え度は高いと思います。日本のお店って良くも悪くもプロっぽい気がします(行ったことがないのでイメージですが)。オムライスにケチャップで画を描いたりとかどうでもよくて、接客のプロに徹すればするほど(メイドとして完璧にこなすほど)萌えという観点では弱くなるように思います。

この中国のお店は緩いというか、部活ノリというか、システム化されすぎてないからこそのメイドさんの素顔みたいなものに僕なんかはグッとくるわけです。いつも見慣れてる美術部の女の子が、何をトチ狂ったか文化祭でメイドさん衣装を着ているのを見て急にドキドキするような感じ。クラスメイトの女の子の水泳の授業中での水着姿を見てしまった感じ。
プロのモデルさんがメイド姿や水着姿になっても、こんなにドキドキしないんです。これが萌えだと思うんです。


というわけで、最近思うのはAVの現場って以前(ここ6~7年前)と比べて皆プロ化が進んでると思う。
女の子は、企画単体ブームもあって本数を沢山こなす女の子が増えていてどんな現場でも「最高のプロ意識」でそつなく仕事してくれます。監督もADもカメラマンも経験にもとずいた段取りのよい素晴らしい手際でサクサク撮っていく。現場には余裕の笑顔や冗談があって予定どおりの内容を無批判に撮影していきます。
それが悪いとはいわない。早く撮り終えて皆で早く帰ったほうが、皆が幸せになれるから。

でも僕は女の子のプロとしての仕事をきっちりしている姿に、「これは彼女の演じた姿でしかない」と思ってしまうので、どうも物足りないのです。


彼女たちを責める気はないです。逆にこういうキツイ仕事で、スタッフの無理な要求やら、一日に何回も絡むことや、過剰な変態プレイなど文句もいわないで笑顔を見せてくれる彼女たちは偉いなぁと思うし、現場でも何度も助けてもらいました。お金貰って渋々やるっていうのではなく「仕事だし、周りのスタッフにも迷惑をかけたくない。自分が主役として笑顔で嫌なことでもきっちりこなそう」という、本当にいい子たちなのです。
以前は、割のいいバイトで一日我慢してればいいや、みたいに考えてあきらかに不満を態度や顔に出す女の子もいたけど、僕は近年はそういう女の子は見てないです。
むしろコンビ二とかで働く女の子とかのほうが態度が悪い人がいますね・・。

スタッフや男優さんも作品のことを考えて、監督の指示を文句もいわず笑顔でこなしてくれたり「こうしたほうが面白い」とかの意見を出してくれたりします。夜遅くなっても、待ち時間が長くても「大丈夫です」と笑顔で言ってくれます。本当は皆早く帰りたい筈であっても。


でも、仕事でこなしてるのが分かってしまうので、女の子が素晴らしくいい表情をしていても、絡みのあと「気持ちよかった・・」って素敵な笑顔で話しても、「カット」とカメラを止めた瞬間に「お疲れ様でした!」という声とともに演技として消えてしまうのを感じます。
皆、AVで求められるであろうことを考えて、こんな表情とか、こんな会話とか、「AVなんだからこんな感じが定番として必要でしょ?」みたいなことを考えて演じているのです。
おっぱい触って「あっ」なんて感じてるフリ。お約束の「ここが感じるの?」みたいな男優の台詞。監督の「H好きなんでしょ?」みたいな質問。「H好きです・・・。気持ちよかった」みたいな答え。
みんなプロとして「こうあらねば」と思ってやるのですが、でも女の子そのものの存在感、本当の魅力はそんなやり取りからは出ないと思います。

で、監督たちは女の子の素の魅力を引き出そうとして試行錯誤するのです。
一つの方向は「ラブラブ攻撃」です。女の子と何らかの気持ちの交流をはかり、演技でない反応をひきだすこと。てっとり早いのが監督が個人的に「好きだぁ!」とか言って口説きながらハメ撮りすることです。もしも女の子と少しでも情が交わればいい表情が撮れます。僕はこういう時の女の子の表情が好きです。
あるいは絡まなくても色々話しまくって友達感覚を作ってしまうやりかた。
時間がかかるし、段取り段取りで撮る現場だと、仲良くなるまえに終わってしまいます。
どっちも僕は好きだし、いつも試すことだけど、上手くいったのは笠木忍くらいです。(彼女の場合は特別ですね。)
でも、モデルの女の子たちはやさしい子が多いので、監督の意図を読み取って「プロとして」演技で応えようとしてくれてしまうのです・・・。「この子、本気で僕に好意があるのでは?」と馬鹿な僕が思うくらい演技してくれます。プロです・・・・・・。


もう一つの方向は「徹底的にいじめる」こと、です。
痛い、恥ずかしい、悲しい、苦しい、怖いときは素で反応するしかないです。
女の子を演技ができないくらい追い込んで「ほら!女の子のリアルな内面を描くことに成功した」とかいう監督もいますが、そんな方法で引き出してもしかたないです。
でも、そういう生な反応を見て興奮する人もいるのでしょう。だからレイプとかできるんだろうしね。
そこに征服感とかがあるなら、まさに性倒錯です。

でも悲しいことにモデルの女の子たちは「痛い、恥ずかしい、悲しい、苦しい、怖い」自分をも演技で真面目にこなそうとする。陵辱される女の子のAVをプロとして演じていく。
それゆえに、更に迫真の生の表情を撮るために虐めが過剰にならざるをえなくなる。のいたちごっこです。

女の子がプロになりきろうとするのは自分を納得させるための、身を守る方便かもしれない。素で撮影される事は辛い事が多いから。でもプロになればなるほど「萌えとかエロとか」いうものから遠ざかったセックス体位見本帳みたいなAVしかできなくなると思う。


そんなことを中国のまだ、プロ化していないメイドさんを見ながら考える。


だから僕は、「AVという仕事を選んだことは辛かったかもしれない。嫌な仕事かもしれない。でも色々な家庭の事情やお金の苦労のために頑張っている君たちは立派だと思うし、けっして悪いことをしているわけではない。ここにこうして体を張っている君たちを僕は好きだから、できるだけ敬意を込めて撮るから、少しだけでも楽しんで帰ってね」って思って現場にいます。

女の子たちがHな姿をみせることが、どうして非難されるのかわからない。
悪い事はしていない。セックスは誰でもすることだし、幸せそうなセックスを見る事は、見る側も幸せな気持ちにならないか?セックスを背徳的と考えるからAVに出る事を非難するのではないのか?
非難するあなたたちはそんなに気持ちの悪い、神に背くようなセックスをしているの?

僕は犯罪に近い内容のAVを撮って、刺激をあおるようなものを作りたいと思わない。
誰でもしてるセックスの素敵な部分、綺麗な部分、ドキドキする部分、女の子の可愛い部分、そういうAVが撮りたいのです。勇気をだして、ちょっとだけ恥ずかしい部分を見せてくれる女の子たちの内緒話みたいな。

彼女たちも、監督も、それって後ろ指される仕事かな?
  1. 2008/03/20(木) 05:38:24|
  2. AVを作ること
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AVを作るということ。児童ポルノのこと。

子どもポルノを規制しましょう!というユニセフの署名活動。
http://www.unicef.or.jp/special/0705/index.html

基本的に僕は賛成です。商売として、児童が性的に虐待搾取されるようなことはあってはなりません。マーケットがあり需要があるから児童ポルノが大量生産されるなら単純な個人所有さえ規制してもかまわないと思います。個人で所持することが犯罪になるなら購入することに抵抗ができるし、売り上げが下がるなら商品をつくる必要もなくなるでしょう。

ただやっぱり理想論だと思うのは、個人が持っているかどうかを確認する方法はないし、持っていてもバレないなら買う人はなくならないと思います。
あと、「子どもに対する性的虐待を性目的で描写した~(署名書より抜粋)」という記述については、よく言われるように何をもって性的虐待を性目的で描写、と判断するか?という問題もあります。性虐待を批判する内容でも性表現として規制される可能性が生まれるので、誰がどういう価値基準で判断するのかという問題も起こります。
同様に「被写体が実在するか否かを問わず、児童の性的な姿態や虐待などを写実的に描写したものを、「準児童ポルノ」として違法化する(第2条)。具体的には、アニメ、漫画、ゲームソフトおよび18歳以上の人物が児童を演じる場合もこれに含む。~(署名書より抜粋)」も拡大解釈して性描写があるから規制、になれば今の作品は全滅の可能性があるので、規制の基準が重要だと思います。

アダルト作品のなかには、売れるから、という理由で虐待行為を扇情的に描く商品もあると思います。
それが犯罪であれ、相手が児童であれ、売れるなら描くというモラルの低い作者、作品はドンドン規制されるべきでしょう。

そもそも売れるなら、何でもするというのは制作者としてどうなんだろう?
また、犯罪的なもののほうが刺激的に感じる受け手というのはどうなんだろう?

同じ理由で、児童であってもエロビデオを撮れるし、児童相手でも強姦ができるのでしょう。


今回の規制への提言には、アニメや漫画やAVなどのメディアについての批判であったが、では実際の児童への性的行為は減っているのか?むしろ児童とのセックスが人々のなかで「お金を免罪符にすればOK」になっているようにも思います。

メディアが欲望を可視化したことで、現実にそういう行為をする人が現れるのか、メディアは現実の後追いでしかなく、拝金主義?によってモラルが低下したと考えるべきなのか?



最近、僕は思うのです。
「我慢すること」ができるのが人の英知なのだと思うのです。
犯罪だってレイプだって、したくても我慢するところに、人の格好よさがあると思うし、作品のなかで時代に迎合しないで、人のよいあり方を描くことだって格好いいと思うのですが・・。

いずれにしても、このような提言、運動そのものは、当の児童たちに「うかつに騙されて援助交際したり、ポルノに出されるとこんなリスクがあるから気をつけてね」というメッセージになるかもしれませんが。


「18歳以上の人物が児童を演じる場合~」という、AVに関わる部分に関してはまた書きます。

  1. 2008/03/16(日) 19:52:52|
  2. AVを作ること
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スカイ・クロラ

http://www.youtube.com/watch?v=dp7VlNUiwmY

スカイ・クロラの動く予告編がいつの間にか。

僕は80年代アニメ世代です。神様は「ガンダム」や「イデオン」の富野監督であり、「ビューティフルドリーマー」「天使のたまご」の押井監督であり、勝手に同世代感覚を持っているのが「エヴァ」の庵野監督だったりします。

もちろん、多くのアニメ製作者たちが積み上げた環境があってでもありますが、それぞれの監督のかたがたによって、所謂「子供向けのお子様ランチ」であったアニメーションが、一般映画に引き上げられたと歴史があります。(宮崎監督が入ってないのですが、僕の中では少し違う位置なのです。)

いわゆるロボットの玩具を売るための宣伝番組としてのロボットアニメというのろわれた枠の中で「ロボットアニメでありながら、映画を作ってしまう」才能と反骨精神。ロボットアニメでありながら勧善懲悪を否定し、戦闘を否定し、つつましく幸せになろうとする人々を描いてみせて、最後はロボットすら否定してしまう「ガンダム」。子供向けという枠を超えて評価され、映画以外のなにものでもない「イデオン」という傑作を作った富野監督。
アニメファンを飛び越えて映画の最前線、芸術の域に高めてしまった押井監督。

一般の人をさらに巻き込んで社会現象を起こしてみせた庵野監督。

今ではアニメを見ることも、語ることも恥ずかしくない時代だし、世界に通用する日本の誇りとも言われます。
でもこの人達が居なかったら、アニメはいまだに「お子様ランチ」だった、と思います。

そして、これらの作品群は発表当時「訳がわからない」「観念的過ぎる」「グッズが売れない」「視聴率が取れない」などの理由で非難を浴びています。「ガンダム」も「イデオン」も低視聴率のため打ち切りでした。

押井監督は「天使のたまご」のあと仕事を干されてしまいます。

でも、あえて商品としてストライクでない作品を作る勇気が素晴らしいし、結果、ジャンルを変えていった作品はそういうものだったのでしょう。そういう作家と作品と、それをフォローする批評家?マスコミ?と、それを愛する受け手がいたからだと思う。


そういう歴史を知っているがゆえに、AVであれそういうものを作りたいと僕は思う。
AVだって変われるとは思う。

けれど、
AVに出る女の子は、現在のところ目立ちたくない子が多いので、仮に歴史に残る傑作が出来たとしても、一般公開はおろか、ビデオ屋の棚にいつまでも置かれることだって困るのです。
・・・と思ってたけど、可能な女の子で撮ればいいのだし、AVが一般に映像作品として認知されだすと「隠れてアルバイト」みたいな女の子は出なくなるから問題ないかな?
逆に「裸で私のセックスを見せるのが私の自己表現」みたいなサブカル少女が集まってきそう・・・。
演劇や自主制作映画みたいな感じですね。

そうなればAVは変わるし、でも抜く目的のお客は買わなくなりますが。
だから「抜くためのAV」と「18禁の映画としてのAV」にはっきり別れることになるのでしょうねぇ。

というか、例えば2000円で「スカイ・クロラ」が見られて、AVは2000円で買えないなら、AV買わないもん。やっぱり1000円以下でないと買いたくないと普通には思われます。何処かで経費を下げて安くしないと見る人の層も広がらないし、いずれ業界もジリ貧になると思うのですが・・・。



の、様。静様。このような自分勝手な駄文にコメントを有難うございました。
何よりも励みになります。
AVは僕程度の才能でも「作品」を作られてもらえる業界です。
でも業界そのものにはかなりの問題を持っています。そこで仕事をしている以上、誰にも評価されなくて当たり前。むしろ寄生虫呼ばわりされても仕方ない。
そう思いながら仕事をしている僕の作品や、文章に、関心を持っていただけるのは本当に嬉しいことです。有難うございました。   矢野。

  1. 2008/03/09(日) 21:22:20|
  2. AVを作ること
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AVをつくるということ。親バレ。

コメントを頂きました。
有難うございます!あのように言っていただけるのは本当に嬉しい限りです。ありがたいです。

本当ならば、ここで前向きな発言をしていくのが大人というものなのでしょうが、なかなか撮影そのものができない状態にあるというのが今の状態です。
かつて笠木や宇宙企画を撮っていた時代は好き勝手やってました。もちろんあまりに変なものを作ると首が飛ぶという条件はありましたが。ただAV的でないものを撮っても面白ければいいよ、っていう社長やプロデューサーのお許しがありました。それに甘えて、あえてAV的でないものを撮っていく方向で自分のカラーを出していきました。
それもレンタルものが主流だったからできた時代です。

その後、AVから足を洗って、5年くらいしてから戻ってみたら、ああいうのを撮れる時代ではなくなっていたのです。そういうわけで、近作は「AV」を撮ろう、AVの王道を撮ろうと考えて作ってきたのでまるっきり違う立場で撮ってるといえます。売れなくてもいいから面白いものを、では仕事がないので、面白くはないけど売れるもの、微妙な売れ行きになるけど比較的内容で遊べたもの、の間あたりで撮っているので、以前ほど変わったものは作ってないです。
正直、仕事として撮らなければならないものもありました。

ありました。が、自分なりに納得する形に精一杯近づけたつもりです。


それが撮れない一つ目の理由とするなら、二つ目の理由は、
AVを撮る仕事が家族に理解されないからです。
AVという仕事は人間のくずがするものである、と言われてしまうと何もいえない。
内容は決してただのAVではないのだよ、女の子が嫌な思いをしないように撮っているし、むしろ女性を傷つけるようなセックスを批判するような内容で作っているのだよ、・・・・と言ってみても理解されるものではないのです。理解してくれない人とは付きあわなければいい、と思ってもなかなかそうは行かないものです。

普通の人からみたら、所詮エロビデオでしかなく、撮ったり出たりする奴は頭がおかしいのです。

しかし、それが作り手、出演者のささやかな自己実現の場でもあったりするのです。
僕のことは置いておいて、出演する女の子はどう思っているのでしょうか?
所詮仕事だし、嫌なことでも目をつむってやりすごして、お金もらってさっさと辞めよう!という人が多いのかもしれないですが、僕が撮ってきた女の子たちは意外とそうではなく、仕事は仕事としてプロとしていい仕事をしよう!という意気を持っていました。
この演技をどうしたらいいかもっと考えてやってみよう、こういう表情、話し方、カメラへの写り方が必要ならやります、時間がおそくなっても帰れれば大丈夫です!とにっこり笑って言ってくれた女の子たち。彼女たちにしてみれば本来どうでもいいことかもしれないのに作品を作る仲間として頑張ってくれた彼女たち。
ギャラ以上の仕事を、文句も言わずやってくれた彼女たちなりに、挑戦とか成功の喜びとか、演ずる楽しさや賞賛の嬉しさなどを感じてくれていたのかもしれません。日常生活で、人見知りが激しくて不器用で、もしかしたら家族の中で虐待されていたりするような生き難い女の子が、カメラの前ではお姫様になれる、そんな場面もあったかもしれません。
僕だって、カメラを回しているときは世界的な巨匠になった気で撮ってますもん(笑)
例えAVであれ、個人的には自分を表現できる自己実現の場である人もいるのです。

でも、「親バレ」という言葉があって、家族にバレタ女の子は辞めさせられるのです。
世間的にはAVに出ることは頭のおかしいことなのです。

でもAVってそんなに異常なものなのかなぁ。
確かに前にも書いたような犯罪的AVがある限り、AVはいつまでたっても異常で汚い世界に見えるのだろうけど。

そういう風に、無理やり辞めさせられることと、出演するなかで自己実現をしていくことと、長い目で見たときにどちらが幸せなのかわかりません。
でも、僕には、撮影現場で、いい作品を作ろうと全力を出し切っている出演者、スタッフたちの姿が「異常で汚い」ものだとはどうしても思えないのです。ささやかなものでも皆で達成感を感じて笑っている、この現場が僕は大好きです。


周りの人々に理解されないのは辛いですが、また撮りたいです。
・・・撮りたいと思っていた女の子のブログが突然消えてしまいました。
  1. 2008/02/29(金) 00:00:59|
  2. AVを作ること
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